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30年の仕事が終わった日

内装工事と防音対策を施した終のオフィス完成直後の室内

終のオフィスとして、2023年8月にこの場所をやっとの思いで見つけました。
内装工事も自分なりのこだわりを持ち、防音対策を施し、ネットワーク環境も万全に整えました。
10G対応のネットワーク配線は床下に自分で埋設し、自分でも「完璧に近い仕上がりだ」と思えるオフィスでした。

しかし、2025年9月6日、突然の脳梗塞を発症し、脳神経外科病院へ救急搬送されました。
そして2026年2月現在も、私はまだ入院生活を送っています。

私の会社は、業務のすべてを私自身が取り仕切るワンマン体制の小さな会社でした。
内部スタッフ、外注スタッフを含めて4〜5人、繁忙期には7〜8人ほどで回していました。

脳梗塞により右半身麻痺となり、言語にも呂律障害が残りましたが、幸いにも記憶力や判断力は以前と大きく変わらずに保たれていました。
そのため、2025年12月いっぱいまでは、妻に毎日のように病院へ来てもらい、業務報告を聞きながら指示を出していました。
途中からはノートPCを持ってきてもらい、VPN接続で会社のファイルサーバーにアクセスし、直接指示を出したり、請求書を発行したりもしていました。

ちょうど夏の終わりから秋にかけては、繁忙期にあたる時期です。
治療やリハビリが大切なのは分かっていましたが、それ以上に、仕事をいただいているクライアントに迷惑をかけたくないという思いが強く、必死でした。

私の入院によって、突然すべての仕事を断ってしまうと、クライアントにも大きな負担がかかります。
そこで、少しずつ仕事量を減らしてもらうよう相談し、2025年12月中旬までにすべての業務を終了することを決めました。
この判断については、内部スタッフや外注スタッフとも話し合い、クライアントにも事情を説明し、最終的には無事に業務を終えることができました。

最後の業務を終え、デスクや機材を片付けているオフィス内部の様子
最後の業務を終え、デスクや機材を片付けているオフィス内部の様子

その後に待っていたのは、終のオフィスとして契約したオフィスの解約、不用品の整理、各種契約の解約手続き、引越し業者の手配、そして原状回復工事の手配など、数えきれないほどの作業でした。
入院してから2026年1月まで、私自身も大変でしたが、これらを実際に現場で対応してくれた妻には、心から感謝しています。

すべての荷物を出した原状回復工事前のオフィス
すべてを片付け、原状回復工事を待つだけになったオフィス

2026年2月半ば、オフィスの原状回復工事が完了し、すべてが終わります。
それは、1995年に自宅SOHO(Small Office / Home Office)から始めた約30年の業務、主に組版業務(DTP)が、完全に終わる時でもあります。

脳梗塞は人それぞれ症状が異なりますが、私の場合は右半身麻痺と言語障害という、比較的重い後遺症が残り、会社を中断し、やめざるを得ませんでした。
脳梗塞は、「ある日突然」起こります。
それまで当たり前だった生活や仕事、趣味、そして人生そのものが、一瞬にして変わってしまう――とても怖い病気です。

最初は、残念で残念でたまりませんでした。
終のオフィスとして、わずか2年前に越してきたばかりだったこの場所。
この2年間は一体何だったのだろうと、精神的にも混乱し、辛い日々が続きました。

けれど、いつまでも悔やんでいても前には進めません。
脳梗塞という病気になってしまった以上、体が元の状態に戻ることは難しい現実があります。
だからこそ、現実を受け止め、リハビリを続けながら、気持ちも少しずつ前向きに、
一歩一歩進んでいくしかないのだと思っています。

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この記事を書いた人

卯乃吉(unokichi|うのきち)
脳梗塞を経験し、入院・リハビリ・回復までの記録を残していきます。
同じ立場の方が、少しでも参考にできるような情報発信を目指しています。
みなさんが、昨日より今日、今日より明日と、少しずつでも前に進めますよう願っています。

コメント

コメント一覧 (2件)

  • うのきちさんへ
    一日も早く、復活されることを願っております🙇
    ブログ、楽しみにしていますので忙しいリハビリの間に更新して下さいね🤗

    2月6日退院の友より

    • Rei さんへ

      ありがとうございます。
      温かいお言葉、とても励みになります。
      リハビリの日々の中で感じたことを、少しずつですが記録として残していこうと思っています。
      これからも、どうぞよろしくお願いします。

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